Editor's Notes    by 管理人
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2001/12/30 『メロウ・フォーカス』CDをめぐっての競り合い

 増尾さんのアルバムがYahoo! Japan オークションで2万円を超えたと掲示板(#0821〜#0824)で話題になった品について、年が明ける前に書き残しておきたいと思う。私がオークションをのぞいたときにはもう、この物件は検索できなくなっていたけど、その後ページのURLをメールで教えてもらって詳細を見ることができた。
 終了時刻は、mutoh さんの掲示板書き込みも合わせて推察するに、22時頃だったようだ。その直前から高騰し始め、終了時刻が少しずつ自動延長されて30分ほどの間にデッドヒートが繰り広げられた。この間の入札者は何と5人! 最終的に22,500円の値がついた。2万円以上の入札者が3人もいたなんて、いやはやすごい。以下がその入札データ。

状態:盤A,ジャケットA,ライナーA の美品
入札件数: 81 
開始価格: 1 円
開始日時: 12月 7日 12時 53分
終了日時: 12月 16日 22時 28分
オークションID: b18516719

入札者 (xxは伏せ字) 入札額 最終手動入札時刻
a9xxx 最高額入札者 22,500 12月16日 22時27分
amxxx 22,000 円 12月16日 22時19分
sxxxx 20,000 円 12月16日 22時14分
Nxxxx 12,000 円 12月16日 22時12分
kxxxx 8,500 円 12月16日 21時58分
kxxxx 3,000 円 12月16日 20時54分
fxxxx 1,000 円 12月10日 21時54分
vxxxx 100 円 12月 8日 3時56分

 『メロウ・フォーカス』のCDは、オリジナルのLPの発売から間もない1983年にリリースされたもので、当時まだCDプレーヤーもそれほど普及していなかったから、増尾さんファンでも当時このCDを買わなかった人がけっこういると思う。私なんかCD版が出たことさえ知らなかった。そんなわけでCDの争奪戦になったわけだ。こんなに欲しがる人がいるんだから、再発してくれないかなぁ。レコード会社さ〜ん、お願いしま〜す!


2001/10/5 World Trade Center

 9月11日の米国テロ事件からもうすぐ1か月になろうとしている。
あの日、ニューヨークのWorld Trade Center (WTC) にボーイング社製の旅客機がぶつかったことが事故として報じられたとき、うちでちょうどテレビを付けていた。その時間帯は普段あまりテレビを観ないんだけど、たまたま、久々にゆっくりできる時間が持ててニュース番組を付けていたのだった。「とんでもない事故になったものだなぁ、上の階の人たちは脱出できるのだろうか?」と心配しながら見ているうちに、もっと信じがたい、身震いするような展開になったことは、周知のとおり。あの光景は、後でニュースで知った人たちにもいやというほど衝撃的だろうけど、リアルタイムで見た恐怖と衝撃は、現場から1万kmも離れていてさえ言葉にしがたいものだった。
 「増尾さんが大丈夫か電話をかけてみたら?」と、うちの人が云ったけど、ご無事だとしたらおそらく日本からかかってくる何本もの電話に出るのでお忙しいだろうからと私からは控えることにした。増尾さんが朝っぱらからWTCのほうにお出かけになるなんてことはあまり想像できない。だからきっとご無事に違いない。それに、もしも事故に巻き込まれているとしても、こっちから電話をかけたところでどうなるものでもない。翌日マネージャー氏に尋ねることに決め、床に就いた。だけど、ショックで興奮してすぐには寝付けなかった。
 翌日、お昼近くになってから日本のマネージャー氏と電話で話すことができ、増尾さんのご無事がわかった。NYへの電話がなかなかつながらなくて、日本時間で夜中の2時頃にようやく話せたとのこと。ご無事でひと安心した。とはいうものの、事件の重さを考えるととても落ち着いてなどいられない。ニュースばかり気になって、数日間は何も手に着かない状態だった。身体を動かすだけの単純作業はできるんだけど、仕事のほうにどうにも身が入らない。それでも締め切りがあるので、そうも言ってはいられないのがきつい。そのうちいっそう仕事が忙しくなって否が応でも集中せざるを得ず、なんとか平常並みに作業をこなせるまでに復帰した。
 それにしても、これまでたいして意識しなかったけど、WTCが自分にとってなんと存在感のあったことか。ニューヨークにはほんの数回行っただけだが、私にとってニューヨークは憧れの街であり、いい想い出のある街でもあり、いつも私の心の中にあった。それが、ツイン・タワーの崩落以来、私の心のニューヨークにも大きな傷跡ができてしまって、それがずっとくすぶっている。これまで別段、WTCをニューヨークの象徴とか認識していたわけではなかったけど、ニューヨークを想うたびに、エンパイアステートビルやミッドタウンの高層ビル群とともに、どうやらあのWTCのツイン・タワーを必ず思い浮かべてきたようなのだ。WTCの跡を心から追い出そうとするのだが、なかなか出ていってくれない。
 昔、WTCがすこしずつ出来上がっていったそのときから、ずっと毎日のようにながめておられたという増尾さん。そしてその悲劇的な最期をご自宅の窓から直接目撃されたという。どんなに心を痛めていらっしゃるだろうと思う。増尾さん宅からだと、WTCがかなり迫ってドーンとそびえて見えていたはずだ。窓から見える風景に慣れるまで、きっと時間がかかるんだろうな。
 米国がすぐに早まった行動に出ることはしなかったので、私が最も恐れている最悪の事態はひょっとして免れるんじゃないかという期待もでてきたけど、世界情勢は依然として予断を許さない状況だ。もう惨事が起こらないでほしい...


2001/7/15 気をもんだ Eメール トラブル

 Eメールという通信手段が普及してからは便利になったもので、私はこれに頼りっぱなしだ。おかげで海外との連絡も気軽になった。あっという間に届いて航空便より安い。仕事でも、私は電話や宅配便や直接会うなんてことはまれで、90%以上をeメールですませている。
 このメールが突然使えなくなったらどうなることか。ところが、増尾さんの加入されていたプロバイダでそれが起こった。ペンシルバニア州にあるご自宅のほうで利用されていたローカルなプロバイダでトラブルが生じたのだ。 3月に、私から送ったメールが5日たってからエラーメッセージと共に戻ってきてしまった。もう一度送ってみたら、またさらに5日たってから不達のまま戻ってきた。時期を同じくして、ホームページ管理人である私宛に、増尾さんのお知り合いから「増尾さんのメールアドレスは変わったのですか」という問い合わせが来た。どうやら向こうのプロバイダのメール受信機能に長期的障害が発生しているらしい。ということで、プロバイダ宛にeメールを送ったが、これも不達で戻ってくる始末。ちょうどその数カ月前に増尾さんがニューヨークで利用されていたプロバイダが突然つぶれたことがあったので、はて、今度はペンシルバニアのプロバイダもサービスを停止したのか? と思ったが、プロバイダのホームページはちゃんとやっていて少なくともWebサーバーは稼動している様子だ。ダメもとで航空便でプロバイダに知らせた。それが届いてからトラブルがいったんは解消したものの、またすぐに同じ状況に戻ってしまった。とにかくメールが届かないのだ。プロバイダに何度か云ったが今度はらちがあかず。
 いろいろ試しているうちにわかったことは、そのプロバイダがスパムメール(迷惑メール)を遮断しようとして、海外からのメールの一部を受信できなくなっていたことだった。急場しのぎの手段として、日本からは、アメリカのWebサイトが提供するWebメール (ブラウザを使って特定のWebページから送受信できるタイプのメール. たとえばマイクロソフトの Hotmail など) を利用すれば届くことがわかった。わかってしまえば連絡は可能であるものの、普通のメール (POPメール) が全く届かない状態が何週間も何カ月も続くなんて、IT分野で世界を引っぱるアメリカにそんなプロバイダがあるとはあきれる。だいたい、不達メールが戻ってくるまでに何日もかかるんじゃ、航空便にも劣る(ただし、日本のどのプロバイダを使ってメール送信するかによって、戻ってくるまでの日数が1日〜7日とまちまち)。増尾さんも奥様も、日本からのメールがときには届いたりしていたことから (実はWebメールだけが届いていたはず)、まさかそんな深刻な状況が続いているとは思われていなかったようだ。なお、ここで増尾さんの名誉のため断っておくが、このプロバイダは少なくとも過去4〜5年ほどはそんな問題はなかったようだし、加入された当時はおそらく近くにアクセスポイントを持つプロバイダはそうなかっただろうから、増尾さんの選択が悪かったわけじゃなく運が悪かっただけなのだ。
 おそらくはこの件が理由でだと思うが、増尾さんが6月にプロバイダを乗り換えられた。今度は、ペンシルバニアの田舎にもニューヨークにもアクセスポイントを持つ大手プロバイダだ。このプロバイダに加入されて以降、ニューヨークのほうからもネットにアクセスされているかどうかはわからないが、少なくともペンシルバニアでは私からのメールを受信していただけるようになったのでひと安心だ。やれやれ。
 親しい友人が相手なら、何かおかしいと思った時点ですぐに電話で知らせたり気軽にテスト送信してみたりできるんだけど、相手が増尾さんじゃぁそう簡単には...しかも問題が起きていたペンシルバニアにはご本人はいらっしゃらないことが多いわけで。さらには、レコーディングに意識を集中していらっしゃる時期だとすると余計な雑音を入れちゃまずいかと思ったりして。 状況がすぐに把握できなかっただけに、いやぁ、ほんっっとに気疲れしました (解決した今だから、これくらいの愚痴は書いても許してもらえますね?)。


2001/3/14 デジタル式ビデオ&スチルカメラ−−ちょっと困る問題

 私が増尾さんのライブの撮影に使っているのは、デジタルビデオカメラだ。デジタルスチルカメラは持っていない。写真を撮る感覚で数秒ずつビデオカメラを回して、動画から気に入ったフレームを静止画としてキャプチャーしてホームページに使っている。
 けれども、ビデオカメラはスチルカメラに比べて解像度が格段に劣る。いい写真を撮るには画素数の大きいスチルカメラも欲しいなあと思って、増尾さんの来日を控えた頃にどれを買うか選定したりしていたのだが...結局買わずじまいになってしまった。
 買おうかと思ったのはSONYのDSC-S70というモデル。すでに持っているビデオカメラ(SONYのDCR-TRV10)との間で媒体(メモリスティック)を共用できるというメリットもあって、同じメーカーのものを考えた。いよいよ購入する前に、1点だけ確かめたいことがあって、メーカーに問い合わせたのだが、その回答をもらって、購入を見送りにしてしまったのだった。
 気になっていた点というのは、操作しないまま一定時間が経過すると自動的に電源が切れる(オート パワー オフ)という節電機能だ。自分が数年前に買った銀塩フィルムカメラ、PENTAX ESPIO 140にも搭載されていて、いまいましく思っている機能なのだ。問題に気付いたのは、ESPIOを買って間もない、子供の学芸会のときだった。ステージから離れた席から撮るにはズームレンズをクローズアップにしなければならない。劇の中で子供の出番がいつかわからないので、カメラの電動ズームレンズをあらかじめ調整しておき、子供が登場したときにそこをめがけてシャッターボタンを押すだけにしておく。待ちかまえているうちに、3分間が経過して勝手にレンズが引っ込み電源が切れた。最初そうとは気付かず、シャッターを切ろうとしたら電源がオフになっていてはじめてわかった。あわてて電源を入れ直し、また電動ズームレンズを前に出す。30分の劇×2本の間、この電源入れ直しを何度となく繰り返すはめになった。節電どころか、ズームレンズを無駄に出したり引っ込めたりしてかえって電池を消耗してしまう。レンズをモーター駆動させるには、ただ待機するよりも大きな電力を消費するはずだから。おまけに、電源を入れ直してからズームを調整するまでには何秒もかかるので、シャッター・チャンスをまた逃すおそれもある。なにか、フラッシュのON/AUTO切替などの操作を途中で行えば、その時点から3分は電源オフにならなくなるだろうかと思って、いろいろいじってみたが、電源は容赦なく落ちるのだった。以来、私はこの機能を呪っている。
 というわけで、この機能についてSONYはどうだろうと尋ねてみた。どのメーカーのカメラにもたいてい組み込まれているはずのこの機能だが、カタログの仕様書などには記載されていない。私にとって、買いたいモデルは「何分」経過したら電源が切断されるか、またこの自動切断機能を殺す手だてがあるかどうかというのが、知りたいところだったのだ。Eメールでもらった返事は、やはり3分で自動切断されるとのことだった。残念。ただし、「これからの製品企画及び開発などの参考に致したい」と非常に好感の持てる反応だった。さらに、技術的な詳細について問い合わせる窓口を教えてくれた。さっそく電話をかけ、この機能を殺す方法はないかを聞いてみる。それによると、私の狙っていたモデルは3分経過する前に設定メニューをいじれば電源切断までが延ばせることがわかった。がしかし、この方法は、光学ファインダではなく液晶モニターを必ずONにする必要がある(電力消費が大きい)のでイマイチ。電話に出た担当者に、自動オフまでの時間の長さをたとえば3分、10分、30分などから選択できるようにしてほしいと言っておいた。今考えると、ある時点からスタートして1時間とか2時間の間だけオートオフ無効にしておけるっていうモードもいいかな。電話の向こうの人は、こっちのいいたいことを非常によく理解してくれ、開発部隊に伝えておくと言ってくれた。一ユーザーの希望をそのまますぐ新製品に反映してくれるとは限らないが、少なくとも大いに参考にはしてくれそうな感じだった。
 それにしても、メーカーの反応からして、こんな要望を主張したのはもしかして私が初めて?のようなのだ? 「電源が切れてしまうんだけどもおかしいのでは」というような問い合わせぐらいはこれまでにもあったに違いない。でも、その機能がかえって困る場合もあるということについては、製品開発側はひょっとしてはっきりとは認識していなかったのだろうか?   SONY製に限らず、一定時間で勝手に電源切断される(そしてその時間の長さをユーザーが設定できない)カメラが今日世界にあふれているようだ。なぜ今まで誰もこれを変えようとしなかったのだろう? 技術的には簡単なはずなのに。 不便に感じているのは私一人ではないはず。この前増尾さんのライブの写真を撮影されていたOhashi氏も電源を入れ直さなければならないことがあるとおっしゃっていた。
 ちなみに、私のビデオカメラのほうは3分ではなく5分で切断される。ビデオはずっと回し続けることもできるので、スチルカメラに比べれば撮りたい瞬間を長く待つことは少なく、5分なら何とか我慢できている。テープ保護のためにも5分くらいが妥当なのかもしれない。

 いろいろとデジタル式スチルカメやビデオカメラのカタログを見ていたら、自分にとって一つ嬉しい事実を発見した。1年ちょっと前に買った自分のビデオカメラはもう2世代古くなってしまい、最新モデルに比べて画素数が少ないのだけれど、最新モデルに勝る点があったのだ。それは、暗いところでも撮れるということ。新しいモデルの最低被写体照度は15ルクスだが、自分のは11ルクスでも撮れる(F 1.7-2.2)。 暗さに強いということは、演奏の妨げになるフラッシュを使用することなくライブを撮影するのに何より重要だ。スチルカメラのF の値を見ると、一般にもっと劣るようだ。というわけで、当分は、今持っているビデオカメラだけに頼ってやっていこうと思う。少ない画素ながら、なるべくシャープに撮れるように腕をみがきたい。ライブをデジカメでフラッシュなしで撮影するのにほかの皆さんもけっこう苦労されているようなので、今度はレンズ(&CCD)の明るいデジカメを出してほしいとメーカーに頼んでみようかな。


2001/2/1 Guitar コーナー新設

 このEditor's Notesコーナーをしばらくさぼっているうちに新世紀が明けたので、これまでの編集記とはページを区切って何か新しく書かなくちゃ、と思っているうちに、増尾さんから [From Masuo] コーナー掲載用メッセージをいただいた。増尾さんに先を越されてしまった格好だ(先を越されたのは喜ぶべきことでもあるけど)。
 年末年始は、仕事で忙しかったのに加え、ご愛用ギター紹介コーナーの編集を少しずつ進めていたのだ。そのコーナーがようやく完成して1月半ばに公開することができた。ふぅ。Sunshine Roadさん、ご苦労さまでした。
 ギターの写真については、私はギターのモデル名について無知だったので、各ギターの外観の特徴をSunshine Roadさんに教わりながら二人でカタログや増尾さんのアルバム・雑誌記事などから探し出した。雑誌の記事は、私が昔から切り抜いてファイルしておいたものだ。私は何にもコレクションなどしないタイプなのだが、増尾さんの記事の切り抜きだけはとっておいた。とはいっても、すべての雑誌・新聞記事を網羅したものではなく、たまたま自分が目にしたものだけなんだけど。それが今頃、こんな形で役立つとは... (あ、それと、増尾さんのLPとかも、もちろんとってあります。ハイ。)
 Guitar コーナーの制作にあたって、協力をかって出てくださった Sunshine Road さんは、これ以上の人は考えられないほどの適役だったと思う。あのインタビューは私にとってもたいへん興味深い内容だった。

 


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