昨夏から1年ぶりにアメリカ在住のギタリスト増尾好秋さんが帰国、JIROKICHIに出るというので行ってきた。前日のモーションブルー横浜はツアー初日で、岡田勉さん(b)村上寛さん(ds)というトリオでの演奏だったが、この日はこのトリオに峰厚介さん(ts)となんと渋谷毅さん(p)が加わったスペシャル・セッションなのである。昨夏にBODY&SOULで聴いた時のクインテットはピアノが渋谷さんではなく本田竹広さんであった。最初にHPでこのメンバーを知った時には増尾さんと渋谷さんという組み合わせにちょっと驚いたのだが、(後で渋谷さんのブログを見たら)やはり初共演だったようだ。今年はこのメンバーでこれから名古屋・愛媛方面にツアーを行うというから、今日はツアー前のリハーサル・セッション的な意味合いが強いのだろうし、ぶっつけ本番なのだからおそらくスタンダード大会になるのだろうと予想していたのだが、その予想は、うれしくも見事に外れた。なんとクインテットで演奏した7曲(アンコールは除く)のうち6曲がメンバーのオリジナル(増尾さん峰さん岡田さんの曲が2曲ずつ)だったのである(残りの1曲はエリントンナンバーだからおそらく渋谷さんの持分ということだろう)。増尾さんの2曲は昨年BODYでも演奏した曲であるが、あとの4曲は峰さん岡田さんが普段演奏している一癖も二癖もあるオリジナル・ナンバーである。これをレパートリーにもってきたのには驚いた。つまり、今回の名古屋、愛媛でのライブはオリジナルでいくのだよお、というリハーサル・セッションではあったわけなのだが、このメンツでの初手合わせにもかかわらず、その完成度とテンションの高さに僕だけでなく満員の観客はうれしい悲鳴をあげたのであった。
さすがにリハーサルは入念にやったとみえ、開場・開演は30分近く遅れた。JIROKICHIはちょうど満席になる位の入りである。メンバーがステージにあがると、MCを誰がやるかでしばし揉めた後、このグループでは番頭格の岡田さんに促され、「このグループにリーダーはいないんだよなあ。」と言いながら、しぶしぶといった感じで増尾さんがMCをすることに。
1部の演奏は増尾さんの「Are You Happy Now」というアルバムに入っている「Small
Steps」「E.J.」の2曲から始まった。オリジナルといってもこの2曲は昨年のBODYでも渋谷さん以外は演奏している曲である。「Small
Steps」はテンポよい軽快な曲であるが、寛さんのドラムのプッシュが凄くて、結構重厚な演奏になっていた。峰さんと増尾さんが奏でるテーマが心地よいし、渋谷さんも瑞々しいソロを聞かせてくれた。増尾さんのギターは昨年聴いた時はいやにソフトタッチに聞こえたのに較べ、すぐ後ろのドラムにあおられたわけではなかろうが力強く音がビンビンと攻撃的に迫ってくる感じだ。まずは快調なオープニングである。「E.J.」はエルビン・ジョーンズに捧げたブルースナンバーで、ここでも峰さんのテナー、寛さんのドラムと増尾さんのギターソロが冴える。3曲目のエリントンナンバーは先輩の渋谷さんに敬意を表してだろう。やはり渋谷さんがピアノの時にはエリントンナンバーを聴いてみたいのでうれしい選曲である。
1セット目のラストにやった「Red Vest」を聴いて、なんでこの日のグループが増尾セッションでなくてスペシャル・セッションと呼ばれることになったのか分かった。3曲目まではまだ昨年と同じような雰囲気の増尾クインテットでよかったのだが、4曲目で突然峰クインテットに憑依したように感じてしまうくらい普段の増尾さんからは考えられない位なアヴァンギャルドな演奏だったのだ。僕の中では峰クインテットは峰・秋山・大口・岡田・古澤というメンバーでしかできない唯一無二のものと思っていたのだが、この日、この曲を聴いて、新生峰クインテットはこのメンバーでいいじゃんと一瞬思ってしまう位凄い演奏だった。増尾さんのアグレッシヴなアプローチには、違う一面を見た気がして正直驚いた。
2部は、1部のラストの余韻を引きずってまずは岡田さんのオリジナルのブルースから始まり、続いて峰さんの曲をやった。どちらもベース・ドラムスの強力無比なリズムの荒海の中をテナー、ギター、ピアノが変態チックに駆け巡るという峰クインテットの常套演奏パターンである。「RIFLE
BIRD」の方は、オリジナルはわりと峰さんがわりとシンプルに吹いたワンホーンのバラードという感じなのだが、この日の演奏はかなり過激に変貌していた。この日は峰さんも絶好調で、思うが侭にサックスを鳴らしきっていた。
かなり密度の濃い演奏が続いたところで、突然、増尾さんのボーカル・タイムが始まったのには、緊張した筋肉がほぐされるようでとても良かった。まず、増尾さんと渋谷さんのデュオで増尾さんがギターを奏でながら「ゴンドラの唄」を気持ちよさそうに歌った。こういう唄伴も渋谷さんの十八番である。ブロックコードと最小の装飾音で唄を引き立てる名人技だ。終わったところで、大番頭の岡田さんが増尾さんにもう1曲唄うように要請し、あちこちと楽譜を探すこと数分。増尾さんの同姓同名のお客さんからのボサノバのリクエストを増尾さんは全編スキャットで唄った。突然楽譜を渡された渋谷さんは目を点にしながらもチョンチョンと合いの手を打つように伴奏してしまうところはさすがである。
さて、DUOタイムが終了すると、再び5人揃って最後は岡田さんの曲でわりとよく耳にする「Say
More」だった。ここでの寛さんのドラムソロは凄まじかった。渋谷さんは、初見の曲が多くて疲れたからか峰さんに手振りで「俺はソロはパス」みたいな合図を送っていたのがおかしかった。
テーマでエンディングを迎えた後鳴り止まぬ拍手の中てそのままアンコール。曲は昨年のBODYでもやった曲だったようだ。
この日は予想外にハードな演奏に驚き感激したのだが、その原因は案外渋谷さんの存在なのかもしれない。ピアノに斜に座って足を組んだまま思い出したようにピアノでカウンター弾く渋谷さんのピアノのなんと効果的なことか。この日の演奏を演奏者としてだけじゃなく観客としても楽しんでいたのも渋谷さんだったのではなかろうか。もちろんJIROKICHIのホームグラウンドパワーが峰さんや寛さんのテンションをあげたこともあったかもしれないが、僕としてはただそこに居るだけでジャズになる渋谷さんがこの日の演奏の上出来の触媒だったのかなあ。などとかなり適当にこじつけて楽しい気分で帰宅したのであった。名古屋・愛媛の人はこれがもっとパワーアップした姿が聴けるのだからうらやましいなあ。
(2005.8.11記、8.16一部修正)
マスター横田さんのサイト「仮想ジャズ喫茶えすえふ」のジャズライブレポート2005年ページより転載 |